老いの何だか切ない日々のポエム画廊喫茶

朝起きて今日一日が始まるコーヒーを淹れるときめき。残りの人生、毎日全力投球。

ミカンが実る頃

この歌が流行ってた頃、僕は21歳だった。
東京から身も心も疲れ切って帰ってきた田舎の家で、ラジオから流れていただろう。
五月に帰ってきて、まだ何もせずにいたっけ。
そんな秋に聴いてたと思う。
何の目的もなく、故郷の街をぶらぶらしていた。
ふと入った喫茶店に、幼稚園から小中学と同級生だったK君に出会った。
中学の卒業以来だったK君。
働く様子を見ていて気がついた。
喫茶店の店長をしていた。
工業高校へ進学したはずだがと思ったけど、喫茶店の方が性分に合っていたのだろう。
同じクラスになった記憶は一度あるかなと思うくらい。
でも子どもの時から悪気のない真面目な印象がある。


あるとき僕はふと、壁に絵を飾らせてほしい気になり、K君にそのことを告げた。
するとすぐに「いいよ。」と言ってくれた。
早速ヘタな絵を一枚描いて安い額に入れて店に持って行った。
漫画風な人物を水彩で描いただろうか。
コーヒーを飲みながら得意げに眺めては悦に入っていた。
そのころ読んでいた、ガロかCOMの漫画家の誰かを真似たような、今から思えば実に恥ずかしい絵だ。


そんなある日、きびきびと一生懸命に働く彼の姿を見ていて、自分の今の姿に情けなさを覚えた。
自分は何をやっているのだろうと。
働くことを怠けて、母から小遣いをもらって遊んでる自分に。
楽ではない母の生活を知りながら。


そして、母が近くに住む同級生の母親から知らせを貰って来た。
それは、姪の婿が友禅の仕事をしているから、そこで弟子入りして働いてみないかと言う薦めだった。
母も「行っちみよ。」とすすめてくれた。
初めて行く土地、仕事に不安はあったが、夢も描いた。
一か月も経たないうちに布団とわずかな荷造りをして、僕は京都へ行った。





ミカンが実る頃/藍美代子